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令和3年4月22日、尼崎市内で時速16Kmで一方通行路を約60m後退して逆走し交差点内に進入し、交差横断歩道上を走行していた自転車の運転者をはね死亡させた被告人に対して、危険運転致死罪の成否が問題とされている裁判員裁判の判決が、令和5年10月27日に神戸地方裁判所で下されます。
これに先立って、朝日新聞神戸総局の記者様から弁護士丹羽に取材があり、危険運転致死罪は成立し得る旨のコメントが掲載されました。

また、同日下された被告人を懲役2年6月の実刑に処する旨の判決後、NHK神戸放送局の記者様から取材がございましたので報告いたします。
記事もしくは放送内容については、それぞれ以下のHPをご覧ください。

朝日新聞DIGITAL  https://digital.asahi.com/articles/ASRBT5SFYRBSPIHB019.html
NHK NEWS WEB https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231027/k10014240141000.html

朝日新聞に掲載されたコメント

一方、交通事故の被害者支援を専門とする丹羽洋典弁護士(愛知県弁護士)は、『バックは前進以上に安全確認がしにくく、とっさの対応も難しい。』
「被告が運転していたのが、後方確認がしにくいワゴン車であったことも加味すれば、時速16キロでも危険運転に該当するとみる。」
『一方通行の逆走は許さないという社会への警鐘にもなる』と指摘する。

NHKで放送された内容

被害者支援が専門の弁護士 “判決は妥当”

判決について、交通事故の被害者支援が専門の丹羽洋典弁護士は「時速およそ16キロで前進した事故の場合、危険運転にあたるかどうかは議論の余地があるが、バックの場合は後方や左右の安全確認のほか、ハンドル操作も難しい。さらに、一方通行を逆走してくることは想定できず、危険運転致死にあたるとした判決は妥当だと思う」と話しています。

本件の争点及び弁護士丹羽の考え

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第2条の危険運転致死傷罪には、8号に『通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為』が規定されています。

まず、たとえ後退であっても一方通行路を逆走することは通行禁止道路を通行することに該当します(浦和地裁昭和62年9月28日判決)。

重大な交通の危険を生じさせる速度といえるか

本件の主な争点は、時速16Kmで一方通行路を後退して交差点に進入することが「重大な交通の危険を生じさせる速度」にあたるかになります。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、「相手方の動作に即応するなどしてそのような大きな事故になることを回避することが困難であると一般的に認められる速度」かどうかで判断されます。

この点、赤信号無視の事案で時速20Kmで右折進行した事案で認めた最高裁第二小法廷H18.3.14決定のとおり、刑事実務上上記のようにいえる速度は20~30㎞/h以上とされています(執務資料道路交通法解説18訂版・p1519参照)。
本件では、一方通行路を後退して信号規制のない交差点に進入していますが、後退中は前進以上に後退先及びその左右の安全確認がしにくく、咄嗟の対応も難しくなると考えられます。
また、後部に荷室のある後方の視認状況がより悪くなるステーションワゴンという車両の形状も併せ考えばなおさらです。
そして、道交法上横断歩道を通行する自転車等がいないことが明らかな場合以外は、直前で停止することができる速度で進行しなければなりませんし、左右見通しの悪い交差点であれば徐行義務が課せられます。
以上の点から、弁護士丹羽は、本件では徐行速度を大きく超える時速16Kmでも、重大な交通の危険を生じさせる速度であるといえると考えます。

重大な交通の危険を生じさせる速度についての認識

こちらも肯定できると考えます。
事前に本件交差点を前進して通過していることから、被告人は本件交差点の形状や横断歩道の設置状況を認識していたといえます。
また、被告人はアクセルを踏み込み、音や振動車窓からの景色の流れから、少なくとも徐行やクリープでの速度を大きく超える時速16㎞で後退していた認識はあったと考えられます。
そして、そのような速度で後退していれば、左右道路から横断歩道上を走行してくる自転車を避けられないとの認識も認められると思われます。

時速160Kmでも危険運転といえないのに時速16Kmなのに危険運転?

本件では、令和5年10月17日、神戸地方裁判所の裁判員裁判により、被告人を懲役2年6月に処する実刑判決が下されました。
弁護士丹羽の観点としては、時速20Km以上が「重大な交通の危険を生じさせる速度」の目安とされていることから、より危険性が増す後退での進行について時速16Kmでも上記速度に該当するという点については特段違和感を覚えません。

他方で、宇都宮市で生じた直線路で制限速度を時速100Kmも超過する時速160Kmで走行しても危険運転致死傷罪(2条2号)の「制御困難高速度走行」では起訴できないとして現在社会的に大きな問題となっているように、制御困難高速度運転ではどれだけ速度を出していても危険運転に当たらないのに、本件のように時速16Kmで危険運転とされることに一般の方は大きな疑問を持たれると思います。

そもそも危険運転致死傷罪では、2号の「進行制御困難な高速度」、7号、8号の「重大な交通の危険を生じさせる速度」という文言が曖昧なため、これに該当するかは判決による個別具体的事案に照らした事例の集積を待つほかありません。
そして、本件で問題となった「重大な交通の危険を生じさせる速度」については、7号の殊更赤信号無視の事例で、時速20Kmでの右折(東京高裁平成16年12月15日判決、最高裁平成18年3月14日決定)がこれに該当するとした判決があり、市民感覚に沿うと思われる判決が集積されてきました。
他方、2号の「進行制御困難な高速度」については、特に直線道路での事故において、裁判所は、市民の安全に与える悪影響を一顧さえすることなく、些末な文言解釈に拘り続け非常に消極的な態度を示し続けています。
その態度が、裁判所の顔を窺い公益の代表者たる個々の検察官の挑戦する熱意を削いでいるように思えてなりません。

この点の問題点については、当事務所ブログ()でも何度か指摘したところですが、そもそも千葉地裁平成28年1月21日判決が、「道路状況」に他の自動車や歩行者の存在を含まないと判示したことから混乱が生じています。
簡単にいえば、どれだけ速度を出していても、直線路で道路を車線に沿ってまっすぐに走行できていさえすれば、道路を横断しようとした歩行者や進路変更してきた車両に対し急ブレーキが間に合わなくても関係ないということになります。
また、運転者の「しっかり運転できていると思っており危険だとは全く思わなかった」との言い逃れを許すことになります。

つまり、高性能なスポーツカーに乗っている者ほど、安全運転意識が低い者ほど危険運転に当たらないという結果を招きかねません。
この点が、進行制御困難高速度運転について市民の納得が得られない点だと思いますし、臨床の場をご存じない学者や書面や法廷で畏まった被害者にしか対峙しない裁判官と違い、日々生の被害者や遺族らと対峙しその想像を絶する悲惨さや苦しみに向き合ってきた被害者側弁護士としての率直な意見です。

進行制御高速度運転については、通常の方法で自車の進路に進行してきた歩行者や車両に対して安全に停止できる速度を大幅に超えた場合も、進行を「制御」することが困難な高速度である、ということは現行の条文上の解釈としても成り立つと考えます。
 
本件のように、一方通行路入り口側から逆走して徐行やクリープを超える時速16Kmで後退して横断歩道や交差点に進入してくる車両について、通常車両が進行してくるはずのないところから、しかも後退して進行してきたわけですから、後退して赤色信号を無視して交差点に突っ込んできた車両と全く同じであり、危険運転の何物でもないと弁護士丹羽は考えます。
 
本件の違和感は、逆に直進道路での進行制御困難高速度運転がどれだけ高速度でも適用が難しい方向に判例を集積させた裁判所の姿勢にあると考えています。
併せて、本件の判決は、一方通行路の逆走も赤信号無視と同じ危険性をもつ重大な法律違反であることを、一般の方に対して改めて警鐘を鳴らした高い先例性を持つ大義ある判決であると弁護士丹羽は評価しています。


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