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令和2年10月8日、平成31年4月に東京池袋で発生した、89歳男性が普通乗用車を暴走させ親子2名を含む11名を死傷させた交通事故の第1回公判が開かれたことを受け、東京の朝日新聞出版部の記者さんから本日電話取材を受けましたので、弁護士丹羽が回答した内容などを記します。
取材内容は、AERA dot.10/8号に掲載されました。(記事はこちら

本件では検察官側がアクセルとブレーキの踏み間違えたという過失を起訴事実としたのに対し、被告人側は踏み間違えをしておらず、車両が暴走したのは車両に何らかの欠陥があったとして無罪を主張しています。

まず、弁護士丹羽は、過失運転致傷罪で車両の欠陥を理由に無罪主張されることは稀であることを述べ、その理由として、通常車両は安全であることが前提となっており、事故状況や防犯カメラやドライブレコーダー等の客観証拠、その他目撃者証言から運転者に過失が認められることが明らかな場合が多いことを述べました。

そして、今回の公判は長期化する可能性に触れました。
すなわち、本件は検察側に自動車に製造もしくは設計上の欠陥がなかったことの立証責任が負わされますが、検察側はメーカーや技術者からの検証・鑑定結果から、事故車両にアクセルを踏み込むことなくエンジンの回転数が上がり暴走するような製造上もしくは設計上の瑕疵がなかったことや同車両でそのような事故事例がなかったことなどを立証していると思われます。

これに対し被告人側は、立証責任の原則からこのような欠陥があったことまでは立証する必要はありませんが、検察官側の立証に合理的な疑いをいれる程度の疎明を行うと考えられます。
具体的には、相当の技術者・鑑定人の協力を得て、技術的・工学的観点から検察官側の検証・鑑定結果に問題があることを疎明することになりますが、そのためには相当の時間を要することになります。
さらに、検察官側も追加立証を余儀なくされる可能性もあります。

被告人側がどれだけ真摯に対応し、裁判所がどの程度被告人側に時間的余裕を与えるかにもよりますが、1審判決が下るまで1年では済まない可能性は十分ありますし、控訴・上告されれば刑の確定までに数年はかかるものと思われます。

この点を受け、記者さんからは、被告人は時間稼ぎをしている可能性があるかと問われました。
弁護士としての立場からは、被告人の正当な防御活動の範囲で真意はわからないとしか回答は出来ませんでした。

本件では事故態様や死傷者の数からして、被告人に過失が認められれば実刑となる可能性が高い事案です。
しかし、被告人は勾留されていませんので、公判が継続している間もいわば自由の身で、しかも89歳と高齢であることから、控訴・上告を重ねることで、公判が継続している間に被告人が死亡し、被告人の刑が確定しないまま、公訴が棄却され公判が終了してしまうかもしれません。
実刑相当の事案であっても、その前に被告人が亡くなってしまえば、刑が確定することはありませんし、収監されることもありません。

被告人の行為は法で認められた正当な行為であり、何ら違法ではありません。
しかし、交通事故被害者側弁護士として、亡くなったお母様や娘様、その遺族の方々、その他本件事故で傷害を負わされた方々、そのご家族・知人の皆様の言葉にならない怒りや絶望感、深い悲しみを思うとやるせない気持ちになります。
少なくとも、遺族や被害者の方々が被害者参加されていれば、参加人の意見陳述がなされ、法廷で被告人の目の前でその思いをぶつける機会だけでも与えられることを願うしかありません。


なお、取材では触れませんでしたが、本件では事故車両に搭載されているイベントデータレコーダー(EDR)が重要な証拠となっています。
EDRとは近時販売されたほぼすべての乗用車に搭載され、車両に一定程度の衝撃が生じた場合その直前の数秒前から、アクセルの開度、ブレーキのON/OFF、速度・加速度、ハンドルの切れ角、シートベルト着用の有無等が自動的に記録される装置です。
検察官側は、EDRデータの解析結果から暴走時アクセルがONになっていたことをもって、被告人側がアクセルを踏み込んでいたことを立証していると思われますが、被告人側はそのデータに誤りがある可能性があることも疎明してくることと思われます。

なお、EDRデータにつきましては、刑事・民事問わず、事故態様の解明に非常に有益な客観証拠となりますので、昨年10月から、弁護士丹羽が所属する日弁連交通事故相談センター愛知県支部において「EDR研究チーム」を組織し、関係各所と連携しながら広く証拠として利用できるような方策を研究しています。

自動運転の技術が急速に進み、今年の道路交通法・道路運送車両法の改正によりレベル3の自動運転が可能なよう法整備され、現状でもレベル1及び2の車両が広く公道上を走行しており、このような状況下では、自動車の自動運転システムに欠陥があったなど本件と同様の理由で無罪主張がなされるケースが増大することが予想されます。

そのような主張に対し、検察官側としてもその試金石として、本件ではどのように車両の欠陥がなかったことを立証していくか、車両の欠陥の主張に対し裁判所がどのような判決を下すのか注目される判決であることを、弁護士丹羽は併せて述べました。


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