死亡事故について
基礎収入で平均賃金を使用する場合は、事故「当年」の平均賃金です
事故当年の平均賃金を基礎収入として逸失利益を請求した事案で、相手方保険会社から事故前年の賃金センサスに基づき対案が来ました。
あまりにも当たり前と思っておりこれまで特に意識していませんでしたし、ざっと確認したところこの点に明示的に触れているWEB上の記事も見当たらず、誤解されている方もいると思いますので、ここで改めて、休業損害や逸失利益の算定の際に賃金センサス(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、以下「賃セ」といいます。)による平均賃金(以下「平賃」といいます、)を使用する場合、事故「前年」の賃セによるのではなく、事故「当年」の賃セによることが原則であることを確認しておきます。
なお、逸失利益の基準時を事故時とするか症状固定時とするかには争いがありますが、今回この点には触れません。
現実収入を基礎収入とする場合は、原則として事故「前年」の収入による理由
休業損害や逸失利益の算定に当たっては、事故がなければ得られたであろう収入を基礎収入としますが、給与所得者の逸失利益の算定では原則として事故前年の収入を基礎とします。
その理由は、事故当年の収入は事故による減収の影響を受けていると考えられるので、事故がなければ得られたであろう収入として評価するのは適切ではなく、被害者の事故当時の収入状況を最も客観的に表すのは、事故前年の収入になるからです。
そのため、例えば12月に事故に遭い、その年の年収額は事故による減収の影響を受けていないというケースでは、事故当年の収入によることが適切と考えられます。
平均賃金を基礎収入とする場合は、事故「当年」の収入によります
家事従事者など収入の算定が困難な場合や未就労者や若年労働者等で将来平賃を得られる蓋然性が認められるような場合、賃セに基づく平賃を基礎収入とすることが一般的です。
その場合の賃セは事故「当年度」によることが原則です。
なお、当該年度の賃セは翌年の3月ころに公開され、それまでの期間は算定根拠がないので、事故前年度の賃セによるしかありません。
そもそも、交通事故による賠償は、交通事故発生時に全損害が発生すると考えることが原則で、事故当時の被害者の全状況に基づき損害を算定することになりますので、収入状況も事故当年の平均賃金によることが理論的に整合します。
また、平賃であれば当年度の事故による減収の影響は考えられないので、あえて事故前年の賃セを使用する必要性に欠けます。
何より、近年の賃上げ政策や特に女性の賃金向上傾向により、1年違うだけで年収額はかなり変わってきます。
例えば、令和4年の賃金センサスでは、令和3年に比べ、男性学歴計・全年齢平均では8万4,900円、女性学歴計・全年齢平均では8万4100円それぞれ増加していますので、1年の差は小さくありませんし、今後しばらく増収の傾向は続くと考えられます(なお、令和元年から令和2年にかけて大きく減収しました)。
この点について、例えば、青本29訂版p132では「使用するセンサスの年度は、事故年度を使用する例が多い」とされ、赤い本2019年下巻p33では「死亡した年又は症状固定日の属する年の賃金センサスを用いて」と明示されています。
結局、平賃を利用する場合であっても前年度賃セを使用するのは、給与所得者が前年度の年収を基準とすることに単に引きずられただけで理論的根拠を持たないばかりか、増収傾向にある賃金状況下にあって被害者の方に不測の損害をもたらす可能性があります。
元データから平均賃金を算定する方法について
ところで、赤い本には一昨年の賃セまでしか掲載されていませんので、それ以降の賃セは分からないという方もいらっしゃるかもしれません。
その場合は、「政府統計の窓口(e-Stat)」にアクセスいただき、令和〇年分賃金構造基本統計調査の「学歴、年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(産業計・産業別)」の元データの表をご覧いただき、「企業規模計(10人以上)」欄の「決まって支給する現金給与額」(月収額)を12倍し、これに「年間賞与その他特別支給額」(年間賞与額)を加算すれば、平賃は求められます。
令和5年の賃セはこちらです(R6.3.27公表)。
令和5年度の平均賃金ですが、一般的に家事労働者の賃金の基準となる女性・学歴計・全年齢平均は399万6500円となり令和4年度より5万3000円増額され、男性についても、学歴計・全年齢平均569万8200円となり14万9100円と大きく増額されましたので、令和5年中に発生した事故については、当年度で算定する必要性が高いと考えます。
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