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交通事故による頭部外傷後の高次脳機能障害について、「6時間以上の意識障害ない場合」、「脳萎縮が認められない場合」、「びまん性軸索損傷を生じていない場合」、高次脳機能障害は認められないなどといった主張が散見されているように、昨今、訴訟の場面も含めた交通事故賠償上大きな混乱と誤解が生じていますので、以下、実務者向けの内容になりますが、これに関して述べます。
なお、本内容は、画像所見のない高次脳機能障害やMTBIを認めるものではありませんので、誤解なきようお願いします。


誤解を招く原因


ことの発端は、2018年5月31日に発表された自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会による「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(以下「2018年報告書」といいます。)にあります。
当初危惧したとおり、ここでの記載内容があたかも高次脳機能障害が認められる要件であるかに捉えられている点にあります。


2018年報告書作成経緯


まず、2018年報告書(それ以前の2011年報告書も同様ですが)は、びまん性軸索損傷を念頭におき、厚生労働省から、意識障害が軽度で画像所見上異常がないようにみえる脳損傷(MTBI・軽度外傷性脳損傷)による高次脳機能障害についても労災給付の支給対象とする旨の通達が出されたこと (H25.6.18付基労補発第618・1号)を受け、国土交通省からも自賠責に対し上記高次脳機能障害について適切に対応するよう要請があったことに基づくものです。
すなわち、2018年報告書はMTBIに対し自賠責がどのように対応していくかを検討したものであることを前提に読む必要があります。

2018年報告書の主旨

~意識障害を高次脳機能障害の発症要件としたものではありません~

2018年報告書の主旨は、画像所見がなくても、相当程度意識障害が認められる場合の高次脳機能障害は、高次脳機能障害の審査の対象とし、意識障害所見や神経系統所見、生活状況報告等の高次脳書式を取り付けたうえで専門部会で判断するというものです(この点については2011年報告書と同様です)。
すなわち、審査の対象とすべき事案をスクリーニングするために、意識障害の要件(JCS3~2桁、GCS12点以下など)を満たしている場合については、その他に挙げられた要件と同じく自賠責保険で高次脳機能障害の判断の対象とするとしただけで、上記の意識障害の要件を満たしていない限り、高次脳機能障害が生じたといえないというものでは決してありません。

この点を誤解し、明らかな外傷性の脳損傷画像が認められるにもかかわらず、「意識障害がないから脳損傷は生じておらず、高次脳機能障害も生じていないはずだ」との主張が散見されています。
そもそも高次脳機能障害は脳損傷を原因とする症状ですので、その原因となる脳損傷が画像上捉えられているなら、高次脳機能障害の発症を疑う余地はありません。
他方、2018年報告書でも明確に規定しているとおり(p12)、意識障害は脳損傷が生じたことを示す一つの指標に過ぎないのです。

自賠責保険での高次脳機能障害の認定は

自賠責保険では、いわゆる6時間以上の意識障害がなかったとしても、上記のCTやMRI上明らかな脳損傷所見が得られた場合、高次脳機能障害を認定します。
逆に、6時間以上の意識障害が続くなど上記スクリーニング要件をクリアしていたとしても、CT上の脳挫傷痕や脳出血痕、MRI上びまん性軸索損傷を示す点状出血痕や脳室の拡大・脳萎縮が認められず、くも膜/硬膜下血腫も十分吸収され、画像上の根拠を有しない場合、高次脳機能障害を認めることはないようです。


高次脳機能障害に関する誤解


以下、大変残念ながら近時の裁判例でも散見されていますが、高次脳機能障害に関する誤解を挙げます。


1 意識障害がないと高次脳機能障害は発症しないのか


まず、脳損傷には、直撃及び反衝損傷で生じる局在性(局所)損傷と、頭蓋の回転運動により生じるびまん性軸索損傷がありますが、高次脳機能障害は、呈する症状により違いはあるとされていますが、いずれの損傷でも生じます。
そして、びまん性脳損傷が生じた場合意識障害は必至とされていますが、局在性損傷の場合、「意識障害はあることもないこともある」(吉本智信2011年「全面改訂高次脳機能障害と損害賠償」㈱自動車保険ジャーナル・p26)とされており、局在性損傷の場合意識障害が生じない場合もあるとのことです。


2 びまん性軸索損傷が生じていないと高次脳機能障害は発症しないのか


1で述べたとおり、局在性損傷の場合であっても高次脳機能障害は生じます。
局在性損傷の場合、損傷部位に対応した失語・失行・失認などのいわゆる巣症状が生じることが典型ですが、びまん性軸索損傷の場合、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会行動障害等の認知機能障害が生じることが多いとされています。
なお、局在性損傷とびまん性軸索損傷は併発することも多く、画像上明らかな局在性損傷による巣症状に一致しない症状を呈していても、併発しているびまん性軸索損傷の症状ととらえることは可能です。


3 びまん性軸索損傷が生じていれば脳萎縮・脳室の拡大は必ず認められるか


2018年報告書p11に「重症例では、脳萎縮が明らかになることがある」とされているとおり、脳萎縮やこれに伴う脳室の拡大は重症脳損傷に限って認められる兆候です。
そのため、びまん性軸索損傷が生じたとしても、脳萎縮が必ず生じるわけではありません。


まとめ


以上のとおり、局在性損傷でも高次脳機能障害は生じますし、局在性損傷の場合意識障害が生じないこともあるので、CTやMRI画像上、局在的な脳損傷画像が得られていれば、6時間以上の意識障害がなくても高次脳機能障害は生じていると考えることができます。

そして、損傷部位の巣症状に対応しない症状を呈していたとしても、併発したびまん性軸索損傷の症状であると捉えることができます。

びまん性軸索損傷が生じたからといって、必ず脳萎縮が生じるわけではありませんし、そもそもびまん性軸索損傷は画像上捉えることは困難であり、CTやMRI上脳挫傷痕や点状出血痕が必ず認められるわけではありません。
びまん性軸索損傷を直接捉える画像上の手段に乏しいことから、びまん性軸索損傷が生じた兆候である、点状出血痕や脳萎縮像を間接的に捉えていくという思考方法になります。

交通事故により局在性脳損傷が認められる場合、強い回転性外力が脳に加わり、びまん性軸索損傷を併発する可能性は十分考えられますので、巣症状に対応しないびまん性軸索損傷の症状とされる認知障害が生じたとしても、このように考えていけば矛盾しないことになります。
なお、2018年報告書では、この点について、「脳外傷を示す画像所見に現れた以上の程度と認知・行動障害の程度については必ずしも相関しないことに留意する必要がある」と明確に規定しています(p11)

2018年報告書は、一見すると、6時間以上の意識障害がない限り高次脳機能障害は認められないと読めてしまいますし、局在性損傷による高次脳機能障害について意識していないと読み間違える可能性を孕んでいます。
次回の報告書ではこの点を明確にしていただき、実務的混乱に終止符が打たれることを期待しています。


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