被害者側交通事故専門弁護士によるブログ
日弁連交通事故相談センター示談あっ旋体験記
(公財)日弁連交通事故相談センターでのADR(訴訟外での紛争解決手続)である「示談あっ旋」をご存じでしょうか。
交通事故のADRとしては、(公財)紛争処理センター(通称「紛セン」)での「和解あっせん」がよく知られておりますが、紛センが損保会社を中心として設立され、損保会社等の拠出金により運営されている機関であるのに対し、日弁連交通事故相談センターは国土交通省からの補助金等により日本弁護士連合会及び都道府県弁護士会が運営主体となっている点で大きく異なります(紛センの「和解あっせん」と区別するため、本稿では「示談あっ旋」と記載します)。
日弁連交通事故相談センターの詳細はこちらのホームページをご覧ください。
当事務所では、これまでこれらのADRは一般の方々が利用する手続であり、弁護士としては相手方任意保険会社等との示談交渉が決裂した場合、即刻裁判所に対し訴訟を提起すべきと考えておりましたが、日弁連交通事故相談センター愛知県支部から上記FAXが届いたのを機に、改めて「示談あっ旋」が交通事故被害者の方々にとって有益かを確認するため、令和2年末から3件の弁護士持ち込み案件での「示談あっ旋」を申立てました。
結論としましては、訴訟に比して3件とも極めて早期にかつ適正な解決に至ることができ、事案によっては訴訟を提起するより同センターの「示談あっ旋」を利用した方が、被害者の方のためになる場合があることを実感しました。
そこで、皆様にも日弁連交通事故相談センターの「示談あっ旋」を積極的に利用していただきたく、具体的な解決事案を通じ、実感した示談あっ旋の特徴や申立てに適した事案を列挙するとともに、体験記を下記に記載しましたのでご参考にしていただければと存じております。
なお、弁護士丹羽は、平成24年から日弁連交通事故相談センター愛知県支部の運営委員をしており、令和3年から同支部の副委員長に就任しましたが、これまで同センターの示談あっ旋を利用したことはなく、同センターの相談担当や事案あっせん担当嘱託弁護士には登録しておりませんでした(令和3年度からはいずれも登録しております)。
ただ、示談あっ旋の運営側であることには変わりはありませんので、なるべく主観を排して客観的に体験記を記載いたしました。
日弁連交通事故相談センターの示談あっ旋の利点
1 無料で簡易な手続でご自身でも申立て可能
2 裁判/弁護士基準での解決が可能
3 早期解決が可能
4 2名のあっ旋委員担当弁護士と相談して解決可能
5 全国45か所の相談所で申立て可能
6 相手方が任意損保会社でも利用可能
7 9共済については審査が可能
1 無料で簡易な手続ですのでご自身でも申立て可能です
【すべての手続が無料です】
まず、訴訟の場合は、所定の訴訟費用がかかるのに対し(300万円の請求で2万円、1,000万円の請求で5万円の訴訟費用のほか、これに数千円の予納郵券が必要です)、示談あっ旋の申立てに限らず、日弁連交通事故相談センターが実施する電話相談並びに面接相談及び高次脳機能障害面接相談、示談あっ旋不調後の「審査」のいずれの手続も無料です(電話相談は電話料金がかかります)。
電話・面談相談の詳細につきましてはこちらのホームページをご覧ください。
【簡単に申立てが可能です】
次に、申立て手続についてですが、弁護士の持ち込み案件では、治療終了・後遺障害認定後で過失割合や後遺障害に争いがない等の要件を満たす場合で、所定の申請書類すべての提出が必要ですが、被害者個人の申立てでは、弁護士による面接相談を経て、申出書に当事者や事故の簡単な内容と、争いになっている点を簡単にまとめて、資料を添えて近隣の相談所に提出します。
記載内容や必要な書類がわからなければ、面接相談の際に相談担当弁護士に聞けば教えてくれますし、申立後にあっ旋担当委員から必要な事情の聴取と提出書類が指示されます。
訴訟の場合は、訴状をルールにしたがって事実を記載し、これを裏付ける証拠を提出しなければ却下(門前払い)もしくは棄却(敗訴)されてしまいますが、示談あっ旋は、被害者個人の方が簡単に利用しやすい手続になっています。
示談あっ旋の手続きの概要や必要書類につきましてはこちらのホームページをご覧ください。
2 裁判/弁護士基準での解決が可能です
人身事故の賠償額には、自賠責基準、任意保険会社基準、裁判/弁護士基準と3つの基準があることは広く知られていますが、示談あっ旋では、最も金額が高い裁判/弁護士基準で解決することが可能です。
通常、個人の方が相手方保険会社等と交渉する場合は、相手方保険会社等は、弁護士を付けない限り裁判/弁護士基準で示談提示をしてくることはなく、これよりも低い基準である任意保険会社基準で提示してきます。
しかし、示談あっ旋では、弁護士を付けなくても、裁判/弁護士基準で解決することが可能になります。
任意保険会社基準と裁判/弁護士基準の金額の違いは、こちらの当事務所のブログをご参照ください。
弁護士費用特約がなく弁護士費用を自己負担しなければならない場合は、弁護士費用をかけなくても示談あっ旋で裁判/弁護士基準で解決することが可能になるのです。
ただし、訴訟をした際に認められる、弁護士費用(認容額の10%)及び遅延損害金(事故時から年5%、R2.4.1以降の事故は年3%)は、通常、示談あっ旋でも認められません。
3 早期の解決が可能です
示談あっ旋期日は、原則3回以内に終了し、令和元年の実績としては平均審理期日1.69回で、特段の事情がない限り申立て後3か月以内に終了します。
訴訟の場合、例えば交通事故専門部である名古屋地裁民事3部の平均審理期間は1年程度で、どれだけ簡単な訴訟でも、訴訟提起までの準備期間を入れると少なくとも半年はかかってしまいますので、この点は大きなメリットです。
実際に当事務所で申立てた3件の示談あっ旋いずれも、2回の審理期日で示談が成立しました。
示談あっ旋では、毎回の期日に双方当事者が出頭し、1回の期日で双方の意見を聞くことが可能ですので、手続きが迅速に進みます。
他方、紛センの和解あっせんでは当初は原則としてそれぞれの期日ごとに1当事者しか出頭せず、期日ごとに他方の意見を聞いて審理を進めていくので、やや時間がかかり煩雑な印象があります。
4 2名のあっ旋担当委員の弁護士と相談しながら手続きを進めていけます
示談あっ旋では、2名のあっ旋担当委員の弁護士と相談し、担当委員の意見を聞きながら、妥当な示談案を検討していきます。
愛知県弁護士会では昨年度300名以上の会員弁護士が公募に応じて交通事故相談センター嘱託弁護士に登録し、登録名簿の中からベテランと若手の2名があっ旋委員に選任されています。
なお、紛センの和解あっせん担当委員は1名で、名古屋支部での委員は総勢で20名ほど登録されているようですが、誰がどのような経緯で選任しているかは明らかではありません。
5 全国45か所の相談所で示談あっ旋が可能です
示談あっ旋が可能な相談所は全国45か所に設置されています(令和3年1月現在)。
相談所の所在地は各都道府県の弁護士会(支部)ですが、お近くの相談所はこちらのホームページをご覧ください。
紛争処理センターは全国11か所の高裁所在地である一部の大都市にしか設置されていませんので、近隣に紛センがない地域の方は特に利便性が高いと考えられます。
6 相手方が任意損保会社でも利用が可能です
審査制度による事実上の強制解決が可能な共済ではない、任意損害保険会社であっても示談あっ旋の対象とされており、任意損害保険会社も示談あっ旋への出席に応じ、あっ旋委員の意見を尊重しているのが現状ですので、相手方保険会社が共済だけでなく損保会社の場合であっても、示談あっ旋の有効性は変わりありません。
令和2年度では、愛知県支部の示談あっ旋申込みが28件ありましたが、そのうち20件が任意損保会社を相手方保険会社としており、うち13件で示談あっ旋が成立しています(次年度繰越し2件、打切り2件、取下げ6件)。
7 9共済については審査(評決)が可能です
相手方保険会社がJA共済連や全労災などの9共済保険会社については、示談あっ旋がまとまらなかった場合、審査(評決)手続きに移行することが可能です。
これは3名の審査担当委員により構成され、審査委員が出す評決については9共済は尊重する義務があります(被害者の方は応じる義務はありません)ので、事実上強制的な解決が可能です。
審査可能な9共済については、本ページ上部のFAX書面をご覧ください。
ただ、実際に審査手続までいくことはそれほど多くありません。
示談あっ旋体験記
事案1
普通乗用車同士の追突事故で、被害者の方には頚・腰部痛、左上肢のしびれ感等の後遺障害が残存し、被害者請求で併合14級の後遺障害認定を受けた事案です。
事前交渉では、既払金を除き裁判基準満額の210万円を請求したところ、相手方共済である全労済担当者は休業損害、労働能力喪失期間、慰謝料額をそれぞれ争い160万円程度しか支払わないとのことで折り合いがつかず、令和2年12月3日に愛知県支部に示談あっ旋を申立てしました。
令和3年1月15日に愛知県弁護士会内で第1回期日が開かれ、当方は調停委員に事前交渉の状況や当方主張額の理由等を述べたうえで、最終支払額200万円であれば示談に応じる用意があることを15分程度調停委員に伝え、全労済担当者は持ち帰って検討するとのことでした。
第1回期日の所要時間は40分程度でした。
同年2月8日に第2回期日が開かれ、全労済担当者は200万円での示談に応じる旨を回答しました。
そして、その場で免責証書(示談書)が作成され本件は無事解決しました。
第2回期日の所要時間は20分程度です。
事案2
普通乗用車同士の追突事故で、被害者の方には頚・肩・腰部痛、右上肢のしびれ感等の後遺障害が残存し、被害者請求で併合14級の後遺障害認定を受けた事案です。
事前交渉では、既払金を除き裁判基準満額の250万円を請求したところ、相手方共済であるJA共済連担当者は労働能力喪失期間、慰謝料額をそれぞれ争い180万円程度しか支払わないとのことで折り合いがつかず、令和2年12月24日に愛知県支部に示談あっ旋を申立てしました。
令和3年2月10日に愛知県弁護士会内で第1回期日が開かれ、当方は調停委員に、労働能力喪失期間5年(JA共済3年認容)が認められるのであれば、通院/後遺障害慰謝料の譲歩は可能であり、235万円であれば示談可能である旨を伝えました。
JA共済担当者は210万円程度しか支払えないと主張しましたが、調停委員の説得により当方主張の235万円での解決が可能か持ち帰って検討するとのことになりました。
第1回期日の所要時間は45分程度でした。
同年2月26日に第2回期日が開かれ、JA担当者は235万円での示談に応じる旨を回答しました。
そして、その場で免責証書(示談書)が作成され本件は無事解決しました。
第2回期日の所要時間は30分程度です。
事案3
青信号にしたがい横断歩道上を歩行中に対向車線から右折してきた普通乗用車が衝突した事故で、被害者の方は仙骨・尾骨を骨折し、被害者請求で14級9号の認定を受けた事案です。
事前交渉で、当方は骨折後の疼痛であり単なる打撲捻挫後の症状とは異なるとして、労働能力喪失期間は労働可能年限である67歳までの19年間認められるべきであると主張し、既払金を除き490万円を主張しましたが、相手方共済であるJA共済は労働能力喪失期間を5年に制限し、慰謝料額も減額し290万円程度しか支払わないとのことでしたので、令和3年4月2日愛知県支部に示談あっ旋を申し立てました。
令和3年5月13日に愛知県弁護士会内で第1回期日が開かれ、調停委員からは14級9号の神経症状では減収の有無が証明されなければ労働能力喪失期間は5年が限度である旨の説明がなされました。
本件では被害者の方には減収が生じたとの事情はなく、また、骨の変形等の症状が難治化する明らかな原因所見も得られませんでしたので、当方は、やむなく示談あっ旋で解決するためには労働能力喪失期間を5年前提で進めていくか、ここで示談あっ旋を打切り、訴訟移行するか依頼者に確認することにしました。
期日間で依頼者に確認したところ、労働能力喪失期間5年での早期解決を望まれるとのことでしたので、慰謝料が満額認められることを条件に労働能力喪失期間5年で譲歩し320万円での示談なら応じる用意がある旨の書面を、愛知県支部及びJA共済連宛に提出しました。
同年6月8日に第2回期日が開かれ、JA共済連担当者も当方が期日間で書面で示した示談案320万円で応じる旨回答をしましたので、その場で免責証書(示談書)が作成され、本件は終了しました。
まとめ
事故態様や治療期間、後遺障害の内容・程度・認定等級等の事実関係に争いがなく、金銭的な評価だけが問題になっている場合は、示談あっ旋に適しているといえ早期解決が可能になります。
事故態様自体に争いがなく、過失割合が問題になる場合も示談あっ旋で解決できる可能性があります。
また、示談あっ旋で早期に解決するための技術的なポイントとしては、事前に調停委員に当方の主張をしっかりと理解してもらい、第1回期日で具体的な金額の話ができるようにしておくことが大切ですので、申立段階で争いがある点とない点を明確にし、争いがある点についてはしっかりと裏付け資料を提出しておくことが肝要です。
ご参考までに、下記に事案3で申立時に提出した申立書別紙を添付しましたのでご覧ください。
さらに、あくまでこの手続きは『示談』あっ旋であり、相互の譲歩が前提となりますので、ご自身としていくらまでなら譲歩ができるかを決めたうえで第1回期日に臨むことも大切だと思います。
以上のとおり、事案によっては、費用及び時間、効果の点で日弁連交通事故相談センターの「示談あっ旋」は大変有用な解決方法であることがお分かりいただけたと存じます。
当事務所でも、依頼者の方々のご要望や事案の特性に応じて、今後訴訟だけでなく示談あっ旋を積極的に利用していきたいと考えております。
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