被害者側交通事故専門弁護士によるブログ
14級9号の神経症状に素因(既往症)減額の主張を許すべきでしょうか。
14級9号の神経症状が残存した場合において、近時、裁判の場面で既往症(素因)減額の主張をされる場合が散見されるようになってきましたが、上記のとおり、東京海上日動火災保険㈱から、担当者レベルでの示談交渉の段階で、脊柱管狭窄症が既往症であるとして10%の減額の主張がなされました。
当事務所では、事故前に自覚症状も通院歴もない非器質的精神障害以外の14級9号の神経症状では、体質的素因を原因として既往症減額が認められるべきではないと考えておりますので、以下その理由を述べます。
なお、ここでは心因性の神経症については触れません。
既往症/素因減額とは
素因減額とは、被害者の既往症等の体質的・身体的素因や心因的要因が損害の発生や拡大に寄与し、あるいはその一因となっていると考えられる場合に、被害者が有する素因を考慮・斟酌して加害者の損害賠償額を減額できるという、損害賠償額認定の手法をいいます。
損害賠償請求の具体的場面では、過失割合と同様に、素因が損害の拡大に起因した割合を算定してその割合分だけ損害額が減額されることになります。
減額の対象となる素因とは
身体的特徴による素因減額について判示した極めて有名な最高裁平成8年10月29日第三小法廷判決は、以下のとおり論じました。
「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。」
すなわち、素因が医学的な「疾患」に当たる場合や、日常生活において通常人に比べて慎重な行動をとることが求められているような「特段の事情」がある場合に限り、素因減額が可能であると判示しました。
14級9号の神経症状で素因減額が可能でしょうか。
もちろん、14級9号の神経症状が認定された場合でも、事故前から自覚症状があり通院歴があるような場合は既往症減額の対象となることは考えられます。
また、事故前に無症状であったとしても、後縦靭帯骨化症や腰椎分離症等の「疾患」が判明した場合にも同様に考えられます。
しかし、事故後椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症等の加齢性変化が判明した場合にも既往症減額をすべきかは問題があると考えます。
まず、自賠責保険における後遺障害等級認定実務では、外傷性頚部症候群のような局部の神経症状の場合、以下の要件にしたがって等級が認定されます。
12級13号:症状が、神経学的検査所見や画像所見などの他覚的所見により、医学的に証明しうるもの
14級9号:症状が、神経学的検査所見や画像所見などから証明することはできないが、受傷時の状態や治療の経過などから連続性・一貫性が認められ説明可能な症状であり、単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるもの
すなわち、12級と14級の振り分けは、症状が他覚的所見により医学的に証明できるかによります。
一方、上記の裁判例のとおり、体質的特徴が医学的な「疾患」にあたれば素因減額が可能となりますが、残存症状が素因である疾患を原因としているとのことであれば、症状が「他覚的所見により医学的に証明」できることになり、本来12級13号に該当すべき事案になるはずです。
逆にいれば、後遺障害等級が14級9号に留まる場合、自賠責は症状の原因が他覚的所見により医学的に証明できていないと判断したことになりますから、仮に症状の原因となりそうな体質的特徴があったとしても、それは、残存症状の原因となる程度に至らない「疾患」にあたらないか、もしくは、「疾患」であったとしても残存症状の原因となっていることが医学的に証明できないことになります。
端的にいえば、自賠責等級認定実務にしたがうとすれば、神経症状が14級9号に留まった場合、仮に身体的特徴があったとしてもそれが症状の原因であるかは他覚的所見により医学的に証明できていないのですから、素因減額すべきではないのです。
むしろ、素因減額が認められるような場合は、症状の原因が他覚的所見により医学的に証明されることになり本来12級13号に該当すべき事案になるのです。
示談交渉レベルで素因減額の主張をする場合の損保側のデメリット
相手方保険会社担当者との間での示談交渉は、詳細な事実関係の主張・立証を行うことなく、ある程度類型的・抽象的な判断により定型的な解決が可能な点で、事案の早期解決に役立っています。
にもかかわらず、極めて件数の多い14級9号認定事案で保険会社担当者レベルで素因減額の主張がなされるのであれば、まずは保険会社側にこれが「疾患」にあたり症状の原因となっていることを相当の資料をもって証明させ(素因減額の証明責任はこれを主張する側にあります。)、被害者側としても、事故前の通院歴がないことを健保利用歴を取り寄せたり、これが疾患にはあたらないことについて意見書をとったり私的鑑定を行うなどして、証明しなければなりません。
また、示談交渉では第三者的な立場で判断する人はいませんので、相当の時間と費用をかけて資料を揃えて双方が主張を繰り広げたとしても、議論は平行線をたどるとしか考えられませんので、結局訴訟を提起するほかありません。
そして、素因減額の判断は、体質的特徴が「疾患」にあたるかとの極めて医学的・専門的な判断になり、紛争処理センターや日弁連交通事故相談センターなどのあっせん調停等のADRはおろか、裁判所での民事調停でも判断はできないと思いますので、通常訴訟を提起するほかありません。
14級9号の神経症状では、画像上加齢性変化が認められることは多いのですから、損保会社が示談交渉レベルでこれらすべての案件で素因減額を主張しようとするなら、多数の案件が示談では解決できず訴訟案件となり、損保会社の時間的・費用的コストが増大することを十分認識すべきです。
また、当事務所では、自賠14級9号認定事案で訴訟で素因減額の主張がなされれば、12級相当の損害額に請求を拡張しますので、素因減額が認められたとしてもトータルで支払うべき保険金は増大する可能性があることも考慮された方が宜しいかと思います。
訴訟で素因減額の主張をされたら
14級相当の後遺障害を前提として訴訟を提起した際に、相手方から既往症減額の主張がなされた場合、被害者側としてどのような対応をすべきでしょうか。
まずは身体的特徴が「疾患」に当たらないとして素因減額を否定することが一般的です。
また、仮に「疾患」にあたる場合、相手方は、体質的特徴が疾患にあたり症状の原因となっていることを証明してくるでしょうから、これに対しては、症状の原因所見が画像上得られており、症状が医学的に証明可能であり自賠法の等級認定実務にしたがえば、12級に該当する事案であるとして、12級相当に請求を拡張することも可能だと思われます。
さらに、後遺障害が12級に該当せず14級相当であるとしても、症状の原因となる疾患が存在することが医学的に証明されており、他覚的所見を有しない一般的な14級相当の単なる打撲・捻挫後の残存症状とは異なる、より難治性の症状ととらえられるのですから、労働能力喪失期間を5年程度に制限するのではなく、一般的な労働可能年限まで請求を拡張することも考えられます。
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