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令和3年2月に大分市で起きた194km/h暴走死亡事故で、本日令和6年11月28日、大分地方裁判所は、被告人に制御困難高速度運転の適用を正面から認め、懲役8年の実刑判決を言い渡しました。

これまで裁判所は、車線逸脱のない直線路での高速度運転について危険運転致死傷罪の成立に否定的でしたが、この判決では、カーブを逸脱した事案である東京高裁令和4年4月18日判決が判示した『(「進行を制御することが困難な高速度」とは)、操作ミスがなければ進路を逸脱することなく進行できる場合も含む』と解釈を、直線路での逸脱がない本件にも適用したうえで、本件では『進路を逸脱し事故を起こす実質的な危険性ある速度』として新たに規範を定立したことに意義があると考えられます。

そして、本判決では、道路状況やアスファルト路面の状態(平坦性)、高速度下での直進安定性、視力低下や視野の狭まり等を実験や専門家の意見などを丁寧に検討し、『直線道路である本件道路であっても、路面状況から車体に大きな揺れを生じたり、見るべき対象物の見落としや発見の遅れ等が生じたりし、道路の形状や構造等も相まって、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスが起こり得ることは否定できない』として、実質的な危険性のある速度を認定しました。

この判決は、事故を起こす前に車線を逸脱せず走っていたからという理由をもって、危険運転致死傷罪での起訴をためらっていた検察官に対し、危険運転致死傷罪での起訴を後押しするものになることは間違いないですし、今後、『実質的な危険性がある速度』であったかの判断を裁判所に委ね、今後裁判所の判断の集積によりどの程度の速度が危険性を有するか明らかにしていく契機を与えた点で、大変評価できる大義のある判決だと弁護士丹羽は考えています。

なお、この判決では、先日法務省有識者検討会でまとめられた報告書において、対処困難な高速度運転につき新たな危険運転の類型を設ける方向で検討すべきとされた点についての関係性を意識して、『本罪が捉える進行制御困難性は・・・(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある』と述べ、有識者検討会の議論を混乱させないよう配慮している点も注目されます。

本件では、当初の検察官の起訴罪名のとおり過失運転致死罪であれば、せいぜい禁固4年~5年程度の処断刑にすぎなかったと考えられます。
被害者の無念さや苦しみを少しでも晴らし、このような無謀な暴走行為から社会を守るため、誰が見てもおかしいと思われるこれまでの司法の判断に対する一般の方々の疑念を是正するため、これまで必死の思いで頑張ってこられたご遺族の皆様や関係者の方々に心からの敬意を表します。

また、注目されていた2条4号の通行妨害目的危険運転の適用については、「人又は車の通行を妨害する目的」とは「相手方の自由かつ安全な運転妨げることを積極的に意図すること」と定義し、可能性の認識で足りるとした大阪高裁平成28年12月13日判決と異なる見解をとり、その成立を否定しました。
本件で通行妨害目的危険運転の適用があれば、著しい高速度で運転し進路上の他車や歩行者と衝突した場合、ほとんど同条項の危険運転が成立することになり、危険運転の処罰範囲の適用が広がりすぎる可能性がありますので、本判決は本条項が予定しているとおり、あおり運転などの他車への妨害行為があった場合に限定して適用するとの解釈をとりました。

~R6.11.28午後8時追記
上記のとおり、今後は車線逸脱のない高速度危険運転であっても、速度や車両の状態・路面状況等を踏まえ、『進路を逸脱し事故を起こす実質的な危険性ある速度」であったかどうかで2条2号の危険運転致死傷罪の認定の判断されることになると考えられますが、参考までにこれまでの危険運転致死傷罪を否定した類似判例を挙げておきます。

制限速度20Km/h直線道路を時速約80km/hで走行し、先回りした交差道路左方から進入した警察車両と衝突した事案で否定(広島地裁H25.11.7判決)

制限速度50km/h直線道路を時速約120km/hで走行し、対向右折車と衝突した事案で否定(千葉地裁H28.1.21判決)

制限速度60km/h直線道路を時速146km/hで走行し、左方路外から進入した車両と衝突した事案で否定(名古屋高裁R3.2.12)

制限速度60km/h直線道路を時速約105km/hで走行し、交差優先道路右方から進入した車両と衝突した事案で否定(福井地裁R3.9.21判決)

本判決を踏まえ単純に速度だけで考えれば、60km/h制限道路では、時速146Km/h(下記R3名古屋高裁・制限速度の2.43倍)では危険運転に当たらず、本件の194Km/h(制限速度の3.23倍)では危険運転に当たり、時速80kmでは制限速度の4倍でもあたらないというのが現状の裁判所の判断のようですが、法務省有識者会議の報告のとおり、速度基準を設けた別条項を規定し、2条2号の制御困難高速度危険運転致死傷罪を法改正せずそのままにするなら、制限速度60Km/hではその2.5倍から3倍(150~180km/h)が本罪の成立を認める一つの基準になると思われます。
それで一般市民の納得は得られるか、現在においても制定当時の立法者の意思のとおり「道路の性状」に他の車両や歩行者等を含まないとする法解釈を堅持すべきなのか、立法府/内閣・法務省は今一度法改正に当たり十分検討していただきたいと考えています。


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