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弁護士丹羽は、報道機関からの取材を通じて、危険運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条・3条)、とりわけ車線逸脱のない直線路での2条2号の制御困難高速度運転の適用について、『どれだけ速度を出していても高性能なスポーツカーを運転しているものほど危険運転に当たらないのはどう考えてもおかしい』として、一般の法感情に反する判例が相次いでいることを批判して参りました()。

理不尽な司法判断に苦しめられてきた遺族らを中心とした真摯な訴えにより世論も高まりをみせ、政府もようやく重い腰を上げ、令和5年12月、自由民主党交通安全対策特別委員会危険運転致死傷罪のあり方検討PTの提言を受け、令和6年2月から法務省の有識者会議である自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会(座長・今井武嘉法政大学教授)が開催され、令和6年11月13日の第10回会議をもって、とりまとめ報告書の素案が検討されました。
検討会についてはこちらをご覧ください。


法務省有識者検討会報告書の内容


とりまとめ報告書では、以下の点が見直されるべきと提言されています。

【2条1項 アルコールの影響による正常困難運転 】
呼気1lにつき0.5㎎~0.15㎎の幅で数値基準を設け構成要件を明確にする

【2条2項 制御困難高速度運転】
対処困難な高速度による危険運転類型を新たに設け、最高速度の2倍や1.5倍といった数値基準を設ける

【2条7号 殊更赤信号無視運転】
 「殊更に無視し」という要件については、その解釈は最高裁判例等で明確であり、これに代わる要件を適切に規定することは技術的に困難で見直しは慎重に判断

【新たな類型の追加について】
・スマートフォン等を使用・注視しながらの運転行為
 危険性・悪質性が高い行為を的確に限定することは困難であり、慎重な検討が必要
・ドリフト運転などの曲芸的走行行為
 適切な範囲で追加することを検討 


制御困難高速度運転に関する検討会報告の評価


弁護士丹羽は、制御困難高速度運転に関し、速度基準を設けた新たな危険運転の類型を設けるとした点はそれなりに評価しますが、そらく3条のより法定刑が低く現状ではほとんど適用の見られない準危険運転に分類されることになり、今度は「なぜ『準』にとどまるのか」という現状と同じ問題が繰り返されるだけになるばかりか、現行の2条2号をそのままにするのであれば、今後直線路高速度運転を一切2条2号で処断できなくなるおそれもあり、結局被害者の苦しみを救うことや一般人の理解や法感情の納得さを得ることには全く繋がらないことを危惧しています。

何より、この検討会では、制御困難高速度運転の諸悪の根源であり、解釈を変更することによりほとんどの問題を解決することができる「道路の性状」の解釈の変更に踏み込まなかった点については、委員が速度基準の策定にこだわったために、事の本質を見誤ったか、本質に正面から向き合おうとしなかった点が露呈され非常に無念です。

その点で、第3回会議での慶應義塾大学教授小池信太郎委員の
「動いている他の通行車両や歩行者の存在は基本的に考慮せずに、道なりに走っていけるかどうかを問題にし、それすらまともにできないような、進路逸脱型の危険性を捉えようとするのが現行の本類型の規定であると、私としてはそれが正統的な解釈なのではないかと思っています。」
との発言は、これまで未曽有の混乱を招いてきた、立法府ひいては立法意思に従わざるを得なかった司法の現状を追認しただけで何ら建設的な発言ではありませんし、これがその後の検討会の流れに大きな影響を与えたのであれば、悪法改正の千載一遇のチャンスを逃した非常に残念な発言であったと弁護士丹羽は考えています。

むしろ、京都大学教授安田拓人委員の
「車のコントロールができないほどの高速度運転や、カーブ等があるところでの高速度運転が危険であることは誰でも分かっているわけなのですが、そうしたことに加え、他の車両や歩行者等の状況にも適切に対処できるだけの速度にコントロールしないことも、危険なのであります。こうした理解からは、最低でも、『対向車等や歩行者等の状況にも対処することが困難な状態で』といった文言を加えないといけないように思われるわけですが、逆にそれがあれば大体足りるような感じもあり、今後の議論でこの点をもう少し詰めていけたらと考えている次第です。」
との発言は、弁護士丹羽が、従前より提言している
『「道路の性状」に他の車両や歩行者の存在を入れ込んだうえで、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律・2条2号について、「自車の進行や制動を殊更困難にするような高速度で自動車を運転する行為」のように改正して、速度の点で縛りをかけていけばいいのではと個人的には考えています。」(こちらをご覧ください)
との見解にも合致し、問題意識を極めて正確に捉え、かつ、解決策を的確に提示していると評価でき、安田委員の意見の方向で議論が進んでいかなかったことに大変な失望を抱いています。


大分市の時速194km/h暴走死亡事故の判決に向けて


他方、令和6年11月28日午後4時より、大分地裁において、令和3年2月大分市で発生した時速194Km/hで走行中対向右折車と衝突し被害者を死亡させた被告人に対する判決が言い渡されます。
この事案では、検察官が当初過失運転致死罪で起訴したため、被害者遺族らを中心とした署名活動が功を奏し再捜査の上、2号の制御困難高速度運転に加え、4号の通行妨害目的危険運転に訴因を追加的に変更したという経緯があります。

大分地裁は、
・法改正の流れや世論の高まりを無視し、従前の判例にしたがい、『道路の性状』に『他の自動車や歩行者の存在を含まない』という解釈を踏襲し、制御困難高速度運転を否定するのか、

・それとも、津地裁令和2年6月16日判決が英断した『他の走行車両等によって客観的に道路の幅が狭められている』場合も含む、というような新たな解釈を構築し肯定するのか、

・さらには、本件のような対向右折車両との衝突の事案でも、妨害目的での対向車線への逸脱や前後方への急接近などの、いわゆるあおり運転行為を処罰対象とする通行妨害目的危険運転を認めるのか、

注目を集めています。

特に本件のような高速度運転下での対向右折車との衝突で妨害目的危険運転が肯定されるのなら、路外進入車両と衝突した平成30年の津市の5名死傷事案でも危険運転が肯定されていた可能性があり、今後法改正がなされるまでの間、同様な被害事故で苦しむ被害者や家族の方々を救うことができますし、『高性能なスポーツカーで車線に沿って走っていれば、他の通行車両や歩行者と事故を起こしても危険運転にならない』という、現在立法府や司法から発せられている人命を軽視した危険極まりないメッセージを是正することが可能になります。

仮に法務省検討会が、単なる速度基準による新たな類型を設ける方向ではなく、安田委員のように、2条2号の制御困難高速度運転に『対向車等や歩行者等の状況にも対処することが困難な状態で』という文言を付け加える方向で進んでいたなら、大分地裁もこれを踏まえ、『道路の性状』の解釈を誰もが納得できる方向に変更する可能性もあるだけに本当に悔やまれてなりません。


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