blog

近時の我が国の高齢化に伴い、高齢者による加害事故のみならず、被害事故も多発していることは皆さん良くご存じのことと思います。
高齢者の被害事故は、若年者に比して重症化することも多く、適正かつ公正な賠償を受けるために、特有の問題点が多々あります。
以下、賠償の出発点となり初期対応として大変重要な入院・通院段階での留意点をまとめ、その対策についてご説明します。

なお、ここでいう「高齢者」の定義ですが、道路交通法上、常時自転車の歩行通行が許される「高齢者」は70歳以上とされ(法63条の4、同施行令26条)、過失割合の修正要素となりうる「高齢者」は65歳以上とされていますので(別冊判例タイムズ38・p61)概ね65歳以上の被害者の方を対象としていると考えてください。

1 症状をできるだけ早期に的確に伝えること

交通事故賠償において、最も大切なことは、事故当初から医師に症状を漏れなく適切に伝え、これに対応する診断名を付してもらい、治療をしてもらうことになります。

しかし、高齢者の場合、事故により生じた症状を漏れなく把握し、医師の先生に的確に伝えることが難しく、診断や検査漏れがあることが非常に多く見られます。

また、残念ながら症状が残存した場合、その症状が事故当初から一貫して訴えられているかも重要になりますが、医師や看護師に気を使ったり、早く退院したいがために、症状を隠したり、軽く伝えてしまうことも良くあります。

さらに、事故後しばらく経って新たな症状を自覚したとしても、症状を伝える重要性を理解していなかったり、伝えることが億劫になって、医師に伝えられることなく、そのままになってしまうこともみられます。
その結果、適切な治療が受けられず症状が難治化してしまったり、早期の治療費の打切りや、適切な後遺障害認定が受けられないという事態に陥ります。

加えて、急性期病院から回復期病院に転院する際や退院時に、転院先もしくは新たな通院先に、診断内容や症状がしっかりと伝わっていないことがあります。

転院先等には紹介状や診療情報提供書という書面1枚で申し送りがなされるのですが、そこに記載がない診断名や症状は転院先等に伝わりません。
ですので、転院先やあらたな通院先では、改めてしっかりと症状を伝えることが重要です。

痛みや麻痺などの神経症状やその他身体の不調はご本人でなければわからず、医師の先生や病院がすべての症状を自ら見つけて指摘してくれるわけはありません。
そのため、ご家族の方が、「ここは痛くない?触った感じはある?動かしにくくない?握れる?」などとお伝えいただいたうえで、頭部から足先まで実際に触っていただいたり、各関節を動かしてあげるなどして、症状をすべてスクリーニングし、それをメモするなどして、医師や看護師に伝えてあげてください。
なお、重症頭部外傷後の好発症状についてはこちらにまとめていますので、頭部を受傷した場合、これらの症状が生じていないか確認することも大切です。


2 適切な治療や検査を受けること


交通事故賠償上、治療を受けていない症状は、発症していないか軽度であるとみなされてしまいます。
また、治療を受けていないと症状の証明のために必要な各種診断書を記載いただくこともできません。
そのため、症状を適切に伝えた後は、適切な治療や検査を受けていただくことも大変重要です。

ただ、大変残念なことに、症状を訴えたとしても、「高齢であるから検査や治療をしても仕方がない」、「日常生活がリハビリだから」といわれ、積極的な治療や検査をしてもらえないこともよく見られます。

また、賠償上治療期間は、重症度の判断や賠償額算定のための重要な基準になりますが、高齢者の方は早期に治療が終了してしまうこともみられます。

特に問題となるのが、退院後の通院です。
退院時に、リハビリテーション病院退院後の通院やリハビリについて何の指示も受けず、「また何かあれば、初診の病院に行ってください。」として、特にその後の通院指示もなく、そのまま治療が終了してしまったというケースも散見されます。
通院指示があったとしても、初診時の病院に数か月に1度程度の経過観察のための診察のみが実施され、リハビリ通院については何らの話もないことが大変多く見られます。

そうなると、本来必要な治療やリハビリが受けられず、十分な症状の改善が図れなくなったり、症状が悪化し難治化してしまうこともあります。
他方で高齢者の方々には賠償上の通院の重要性を理解せず、通院することを億劫に思い、もう病院には行きたくないといって、通院をされない方もいらっしゃいます。

退院後のリハビリ通院については、被害者側から積極的に申し出をしないと、医師の先生が自ら通院の指示や紹介状を書いてくれたりすることはあまり多くありません。
十分な治療を受け、早期の治療終了という事態に陥らないためにも、特に退院間際の診察や説明の際にはご家族の方が同席し、自宅近くの整形外科等へのリハビリ通院や、在宅でのリハビリ治療の必要性を積極的に申し出て、その指示を仰ぐことがとても大切です。


3 既往症との鑑別


高齢交通事故被害者の方の中には、もともと持病があって、交通事故を機にその持病が悪化するということが良く見られます。
また、事故や長い入院生活を機として、多種多様な症状が発症することもよく見られます。

その場合、被害者の方々も元々の症状で事故と関係ないと思い込んだり、医師の先生も、もともとあった症状として十分な治療を施さないことや、交通事故とは無関係の症状として賠償から切り離してしまうこともあります。
そのため、事故により既往症が悪化したり、新たな症状が生じた場合は、すぐにその内容や程度を医師の先生に伝えることがとても重要です。
  
また、事故前の症状の有無・程度を証明するためには、通常以下の証拠により証明していきます。

・事故以前から通院していたかかりつけ医の診断書やカルテ、画像等の検査・医療記録、処方薬がわかるお薬手帳等
・事故以前は症状がなく通院していなかったことを示す証拠として健康保険の利用履歴
・認知・記憶・判断能力の低下等の高次脳機能障害の場合は、被害者の方が事故前に作成していたメモや日記・家計簿、手紙、メールやLINE文書、会話や動作などが記録された動画
・事故以前には体がしっかり動いていたなどの整形外科的な症状がなかったことについては、動画や写真、スポーツの参加や成績の記録

特に事故前の認知・身体機能が十分だったことを示す日記やメモ書き、メールやLINE文書、動画や写真等は既往症がなかったことを示す重要な証拠となりますし、当事務所ではこのような有用な証拠は後遺障害認定の場面では必ず提出していますので、できる限り早期に集めて残しておくことがとても大切です。


4 早めの症状固定の検討


3の既往症との鑑別の点とも深く関連しますが、高齢の交通事故被害者の方々は、若年者に比して回復能力が弱まっていることがあり、症状が漸次悪化しがちで、加齢による症状との区別がつきにくくなることがあります。

2で適切な治療を受けることについて説明しましたが、他方で漫然と治療を続けてしまうと、加齢による症状の悪化と事故本来の症状との区別があいまいになり、損保会社側から因果関係を争われ、既往症減額の主張を許すなどの賠償上の問題が生じることがあります。

例えば、骨粗しょう症のため、骨癒合が著しく遅延したり再骨折や新たな骨折が生じたり、最悪の場合では、入院中に糖尿病が悪化したり、誤嚥性肺炎等の合併症を発症し死亡に至ってしまうことも時折みられ、自賠責への被害者請求や訴訟で死亡との因果関係の有無が争われることが多々あります(当病病の悪化による死亡との因果関係についてはこちらの記事をごらんください)。

そのため、賠償上の混乱を避けるために、明らかな交通事故による症状のみを後遺障害の対象とするため、症状固定時期を早めることも検討の余地があります。

なお、交通事故被害者の方が事故後重度の寝たきりになり高度の介護が必要な場合の賠償額は、死亡事案よりも高額になることもあります。


5 早期の介護保険利用の準備


交通事故の場合であっても介護保険は問題なく利用できますので、65歳以上の重度の交通事故被害者の方は、介護保険を利用した介護サービスを利用することを積極的に検討する必要があります。

介護保険による介護サービスは、退院後の自宅療養や介護施設に入所する際に必要となりますが、急性期及び回復期病棟での入院はいつまでも認められるものではなく、早ければ事故後3か月程度で退院を促されることもあります(入院期間と退院後の介護の問題点をまとめたこちらの記事もご覧ください)。

高齢被害者のご家族は、ご両親等が交通事故被害に遭い混乱に陥っているにもかかわらず、思っている以上に早く退院後の準備を進めていかなければならない事態に陥ります。

自宅介護ならバリアフリー化や介護用品の準備、通院もしくは在宅・訪問リハビリの選択、自宅介護や通院のための付添い体制の構築、施設介護であれば介護施設の選択など、やるべきことや決めるべきことは大変多くあります。

その際に、ケアマネージャーなどの介護について相談できる人が身近にいてくれ、他院後速やかに介護サービスを利用できるようにしておくためにも、事故後介護が必要なりそうな場合、すぐに介護保険を利用できるよう介護保険申請の準備をしておくことが必要です。

介護保険申請については、まずは病院にいる医療ソーシャルワーカーの方にご相談のうえ、市町村役所の担当窓口にご相談に行かれてください。ご参考 名古屋市居住の方 「NAGOYAかいごネット」 


6 訪問看護・リハビリ、施設内リハビリの注意点


交通事故賠償においては、症状を証明するため医師の先生に作成いただく診断書が大変重要になります。
特に、症状が残存した際に後遺障害等級の認定を受けるためには、適正な後遺障害診断書を記載いただく必要があります。
  
退院後、交通事故による症状に対し訪問看護やリハビリ、施設内リハビリのみが実施されている場合、担当医師は内科医の先生であることが多く、大変僭越ではございますが、交通事故後の症状として顕著な整形外科分野や脳神経外科分野の医学的知識が十分ではなかったり、また、診断書類を書き慣れていないことがあり、診断書の作成を断られたり、不十分な診断書が作成されてしまうことが大変多く見られます。

賠償実務上、医師の診断書の信用性は非常に高いので、このような不十分な診断書が作成されてしまった場合、これを修正いただくことやその内容を覆すことは、代理人弁護士にとって大変の骨の折れる作業になります。

このような事態に陥らないためにも、特に介護保険を利用した訪問看護・リハビリ、施設内リハビリを利用される場合、定期的な専門医への通院は怠らないようにし、いつでも適正な診断書を作成いただく体制を維持しておくことが大変重要です。


7 ご家族や社会福祉サービスによるサポートの重要性


以上の点は主にご家族向けに記載したものであり、これらを実践いただくためにはご家族によるサポートは不可欠ですし、実際に当事務所にご相談やご依頼をいただく高齢者の重傷事案はご家族からのご連絡や付添いをいただくことがほとんどです。
  
高齢者の方々は、これまで述べてきた賠償上の重要な事項を十分理解をしないままご自身の判断で進めたり、誤解されていることも多く、何度も説明をしなければならないこともあります。
交通事故被害に遭われると、沢山の書類の作成や取付等も必要ですし、賠償関係は複雑で理解が難しい面がある中、その都度、病院や医師、警察、損保会社、相手方加害者に適正に対応していかなければなりません。
これまで述べてきたとおり、高齢者の交通事故では特に注意すべき点が多々ありますし、適正かつ公正な賠償を受けるためには、ご家族の手厚いサポートが不可欠です。

また、心痛の中あまりにもやるべきことが多すぎてご家族のみでは疲弊してしまうことも多いので、行政や社会福祉士、ソーシャルワーカーの方々による相談や支援体制を整えておくことも大変重要になってきます。

なお、ご家族の付添いや看護については付添看護費や介護費として賠償請求が可能ですし、重症の場合で永続的な介護が必要になる場合は、ご家族の固有の慰謝料が認められることもあります。
看護費や介護費を請求する場合、後で誰がいつどのような介護をしたか、交通費はいくらかかったかわからなくなることが多いので、都度メモしておいたり、領収証をとっておくことも重要ですし、当事務所では「付添い一覧」(こちら)を用意し都度記載いただくようご協力いただいています。


シェアする

ブログの記事一覧へ戻る